今日は短歌、歌の合評です。
俳句の場合、聞きなれない季語があってイメージがつかみにくいと感じていた人も多かったようです。
ギョッとするような視点を取り入れた和歌には、「強烈すぎないか」「いや、これでこそ面白い」と、多くの意見が出されていました。
また、普段は見過ごしていて気にも留めないような風景を、視点を変えるわけでもなく、ただそのまま描写するだけ、という句があり、そういうのもアリなのか……と学ばせてもらいました。
また、「きっと~」や「なぜか~」など、余計な言葉を本当に必要かどうか考えて削ることで、説明調にならず、イメージも濃くなっていく、と先生が添削の例を出してくださいました。
今回検討したなかの二名は、たくさんの歌を作ってきてくれたので、
短歌なら五句、歌なら三首を一単位として雑誌に載せる場合、
自分ならどの作品を選びたいか皆で多数決をとってみたりもしました。
先生は、多くの人が面白さを覚える作品であっても、各人の「面白さ」はそれぞれ違っていて、それは作者もあずかり知らないところである。そして作者自身が構想したことと、作り出してしまったものの間にも必ずズレがある、とおっしゃっていました。
そうやって、「作者―読者」「構想―作品」とのズレがあるから、“思いがけず”良いもの(アヒルの生んだ白鳥)ができたり、悪くなってしまったり(白鳥の産んだアヒル)もするということです。
駄作を作っても、いつも陣痛はつきものだなんて何ということだ……と(勝手な話ですが)私もいつも情けなく思います。かなしい。
皆さん、生み出す作業はつらいと思いますが、ああでもないこうでもないと格闘して、納得のいくものを作り上げてほしいな、と思います。